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栄養学と遺伝子 ~ 食事と体質について探ろう! ~ 「臨床栄養学実習」担当 会田 さゆり 講師 |
コラム No.4 2006年9月 |
同じような食事や運動をしていても太りやすい人、太りにくい人がいます。それはいったい何が原因なのでしょうか? 遺伝子の違いによるものも大きな原因の1つなのです。
●1962年、米国の遺伝学者ニール氏によって「倹約(節約)遺伝子」仮説が提唱された●
400万年前に人類は誕生しましたが、充分に食物が手に入るようになり飽食の時代といわれるようになったのは、日本ではみなさんもご存知の通り今からたったの50年前頃からです。それまではずっと慢性的な飢餓状態が続いており、人類の歴史は言うなれば飢餓との戦いであったわけです。
「倹約(節約)遺伝子」仮説とは、そういった過酷な環境の下、エネルギーを倹約(節約)できる人種のみが現在、生存しているという考え方で、可能な限りのエネルギーを蓄えることができ、効率よく無駄なくエネルギーを使おうとする遺伝子の一群が存在するという考え方です。
つまり、食糧を継続的に充分確保することが困難な環境下で自然淘汰された結果の遺伝子であるということ、少量の食糧でも生き長らえるということです。
これは、あくまで仮説とされていましたが遺伝子研究が進み、倹約(節約)遺伝子候補としてPPARγ遺伝子(※1)、β3アドレナリン受容体遺伝子(※2)が考えられるという報告があります。
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遺伝子の構成要素であるDNAのモデル
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※1 PPARγ遺伝子(ペルオキシソーム増殖活性因子受容体遺伝子) |
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脂肪細胞分裂の主要遺伝子の1つであり脂肪細胞肥大を促進させる働きを持つ。 |
※2 β3アドレナリン受容体遺伝子 |
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脂肪細胞に多く存在し、脂肪組織において熱産生と脂肪分解を抑制する働きを持つ。 |
●食文化と遺伝子多型●
前項の、エネルギーを倹約(節約)できる人種のみが現在、生存しているという考え方に加え、それらの中でも集団的食文化の違いにより長い長い年月を経て遺伝子に差が出て民族差が生まれました。
日本人は、縄文時代は根栽農耕文化(ウビ農耕)、弥生時代は稲作農耕文化であったため植物性食品が主体でした。白人は1万1千年前から牧畜と供に生活し、小麦、エンドウなどを中心とした地中海農耕文化(ラビ農耕)を営み、牛乳や肉といった動物性食品も摂り入れていました。白人は大昔から牛乳を飲んでいたので乳糖不耐症(※3)の人はいなく、チーズなど発酵食品も食べていたので日本人よりもアルコールに強いのです。
植物性食品は動物性食品に比べ総合的に判断すると、エネルギー、蛋白質、脂質の栄養価が低いため、日本人は白人に比べ、より節約型遺伝子をもつことになりました。具体的な遺伝子を取り上げてグラフで示してみましょう。
< グラフの見方 > |
・遺伝子多型とは? |
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遺伝子の構造(塩基配列)の違いであり、人それぞれ顔や体形が違うといったような個人差。 |
・β3アドレナリン受容体遺伝子多型とは? |
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アドレナリン受容体の64番目のアミノ酸がトリプトファン(Trp)からアルギニン(Arg)に変異した多型が発見された。アルギニン(Arg)型が、先に述べたように熱産生と脂肪分解を抑制する働きが強く肥満を引き起こす要因になると考えられている。 |
・赤(Arg/Arg)、黄(Trp/Arg)、緑(Trp/Trp)の順で肥満になりやすい。赤がもっとも危険! |
日本人は本来こういった、より倹約(節約)遺伝子を持っているにもかかわらず、この50年の間、飽食の時代をむかえ食事も欧米化となり、エネルギー、蛋白質、脂質の過剰摂取となり、今まさに生活習慣病、メタボリック症候群(※4)の発症多発が問題となっているのです。
※3 乳糖不耐症 |
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牛乳(牛乳に多く含まれている乳糖)を飲むと下痢・腹痛が起こること。日本人(黄色人種)は乳幼児期では正常だが、加齢とともに乳糖を分解する機能が低下して乳糖不耐症となる場合がある。 |
※4 メタボリック症候群 |
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動脈硬化が発生しやすい状態にある代謝異常症候群。おへそ周囲径が男性85cm、女性90cm以上で、高脂血症、高血糖、高血圧のうち、2つ以上に該当するとメタボリック症候群と診断される。 |
●遺伝子要因VS生活環境(食生活)要因●
「遺伝だから私は太るの」とあきらめますか?
ここで、全く同じ遺伝子をもつ一卵性双生児と50%同じ遺伝子を持つ二卵性双生児(平均年齢67歳)に対してのメタボリック症候群発生頻度を研究した結果を見てみましょう。
メタボリック症候群診断基準項目の発症一致率
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双生児間の発症一致率 |
統計的な有意差 |
一卵性双生児 |
同性二卵性 |
p値 |
肥満度(BMI) |
68% |
28% |
<0.001 |
食後2時間後血糖値 |
52% |
26% |
<0.05 |
収縮期血圧 |
55% |
17% |
<0.001 |
拡張期血圧 |
47% |
7% |
<0.01 |
HDL-コレステロール |
61% |
26% |
<0.001 |
P.Poulsen et al. Diabetologia ,44(5):537-43(2001) |
< 表の見方 > |
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数値が高い程、発症一致率が高い。例えば一卵性双生児の肥満度(BMI)は、68%が2人とも肥満であり、32%(100%-68%)がどちから一方が肥満でもう一方が肥満ではないということ。同様に同性二卵性双生児の場合は、28%が2人とも肥満で、72%(100%-28%)がそうではない。 |
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「p値<0.001」とは、差があるという判断を誤る確立が0.1%ということ。0.05(5%)までを有意差があるという。 p値の「p」=probability(確率)。 |
この結果からいえることは、まず、一卵性双生児の方が二卵性双生児よりもメタボリック症候群発生頻度の一致率が高いことから遺伝子の影響が大きいことがわかります。次に、たとえ一卵性双生児でも一致率が68%~47%ということは、生活環境(食生活)要因も大きく関与していることがわかります。
ということは「遺伝だから私は太るの」とあきらめず、生活環境(食生活)を見直すことが大切ではないでしょうか。
健康は、なにものにも代えがたい財産です。一生涯健康でありたいですね。
<参考資料・図書>
・香川靖雄他 栄養学雑誌,59(5):213-20(2001)
・(社)日本糖尿病協会「プラクティス編集委員会」委員 糖尿病とヒトゲノムガイドブック 医歯薬出版(2003)
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