函館短期大学発「食・健・幸」
食を学ぶことは健康を学ぶこと。健康はすべての人が願う幸せ。


  夏の食生活と食中毒
      「食品衛生学」担当  堀 友花 助教授
コラム No.3 
2006年7月 

 今年の7月は梅雨前線の猛威が続き、全国各地で記録的な大雨が観測されました。函館短期大学があるここ北海道函館でも(梅雨のないはずの北海道ですが)、例年になくどんよりとした気温の低い日が続いています。しかし、遅れている梅雨明けももうすぐ!その後は本格的な夏がやって来ます。気温が上がってくると、増えてくるのが食中毒です。

 日本全国で毎年、年間2,000件近くもの食中毒事件が発生しており、その7割以上が細菌を原因とする食中毒です(グラフ1)。食中毒を引き起こす細菌の多くは30℃以上の温度で活発に増殖するので、必然的に気温が高い時期に食中毒の発生が多くなります。夏は食中毒の季節と言われる所以です。

 これからの季節に多い細菌性食中毒の主なものを紹介しましょう。
 【サルモネラ属菌による食中毒】
   毎年、患者数の非常に多い食中毒。原因細菌はSalmonella (サルモネラ)属のうちの一部。家畜、家禽、ペットをはじめ爬虫類、両生類など動物の消化管内に広く分布しているため、本菌に汚染された食肉、卵、乳やその加工品に注意が必要。熱に弱いため、加熱調理が食中毒予防に有効。
 【腸炎ビブリオによる食中毒】
   刺身や寿司など魚介類を生で食べる文化がある日本で精力的に研究が行われ、その性質が明らかになった食中毒。原因細菌はVibrio parahaemolyticus (ビブリオ パラヘモリティカス)。海水中に生息する細菌であるため魚介類に付着していることが多く、また魚介類の調理に使用した調理器具から別の食材が汚染される(二次汚染)ケースも多い。熱や酸には弱く、食塩がないと増殖できないため、加熱食酢による調理、また真水での洗浄が食中毒予防に有効。
 【カンピロバクター・ジェジュニ/コリによる食中毒】
   毎年、発生件数の非常に多い食中毒。原因細菌はCampylobacter jejuni (カンピロバクター ジェジュニ)およびCampylobacter coli (カンピロバクター コリ)。家畜や家禽、ペットなど動物の消化管内に分布しているので、食肉、特に鶏肉の汚染に注意が必要。少量の菌でも感染が成立してしまい、潜伏期間が長くなるため、原因食品の特定が困難。熱や酸、乾燥に極めて弱いため、鶏肉では加熱調理などが食中毒予防に有効。

 こういった細菌性食中毒を予防するためには、一般に以下の3つの原則があります。
 1.食中毒細菌による食材や調理器具の汚染を防ぐ
   食中毒を引き起こす細菌が、そもそも食品中に存在していなければ、当然食中毒は発生しません。通常、食材にはもともと多かれ少なかれなんらかの微生物が付着しているものです(目には見えません)が、新たに食中毒細菌が付着するのを防ぐことが必要です。そこで、手指や調理器具をきちんと洗浄したり、食材をハエ・ゴキブリなどに接触させないようにします。
 2.食中毒細菌を増殖させない
   健康な人であれば、食品に付着しているたいていの微生物は、消化の過程で殺菌するか排出してしまいます。それができないほど食中毒細菌が増殖してしまったとき、腸管に定着して食中毒を発症してしまうのです。そこで、食品に付着している食中毒細菌を増殖させないようにするため、調理後はなるべく速やかに摂取して増殖の時間を与えないことや、冷蔵庫など細菌が増殖できない低温で保存することが有効です。
 3.食中毒細菌を殺菌する。
   多くの食中毒細菌は易熱性で、加熱により殺菌されます。また毒素を出して食中毒を引き起こす細菌もいますが、その毒素も加熱により不活化します(黄色ブドウ球菌など、通常の加熱では不活化できない毒素を出す例外もあります)。そこで、食品をしっかりと加熱調理し、保存しておいた食品は食前に再加熱します。

 函館短期大学食物栄養学科で学ぶ学生は、栄養士の卵です。栄養士は、多数の人々に安全な食を提供する責務があり、その対象は健康人のみでなく抵抗力の弱い病者、子供や高齢者など多岐に渡ります。ですから上記のような、食中毒の原因となる微生物や食中毒予防の方法について詳しく学習しています。

 しかしここで、一般家庭の健康な人を対象にした食品衛生についても考えてみたいと思います。

 この10年の間、腸管出血性大腸菌O-157や黄色ブドウ球菌を原因とした大規模な食中毒事件が発生しました。それ以来、『抗菌』と名の付く商品がもてはやされ、何事も清潔第一の考え方が加速してきています。しかし必要以上に過敏になって、「細菌(微生物)は汚いもの、あってはならないもの」と思っていませんか?

 目には見えないのでなかなか実感しにくいのですが、私たちの身の回りには、想像をはるかに超えるほど多くの微生物が“当たり前に”存在しています。動物の体にも多くの微生物が棲みついていて、その数は一人の人間で、腸管や口腔内、皮膚などに100種類以上、約600兆個とも言われています。そのほとんどが私たち人間・動物とともに地球上に「共生」する微生物であり、実は上に紹介したような食中毒や病気を引き起こす微生物は限られたほんのわずかな種類のものだけなのです。

 人間には本来自然に身につけた免疫力・抵抗力があります。それは、普段身の回りの微生物たちと共生していることや食品に含まれる微生物を摂取することで自然に身についているものです。ですから、健康人がごくわずかな食中毒細菌を口に入れたところでまったく問題はありません。食物の消化と同時に殺菌してしまうか、腸管にもともと棲みついている細菌たちが排除してくれます。ところが、人間の生活からすべての微生物を完全に排除しようとすると(実際には不可能ですが)、かえって抵抗力がなくなり、いざ食中毒細菌や病原菌が体内に侵入してきた時に容易に定着、感染を許してしまうことになるのです。

 健康な人だけではなく、多数の人々に食を提供する立場にある栄養士は、もちろん食品衛生に細心の注意を払います。しかし一般家庭で健康であれば、それほど神経質にならなくてもよいと考えられます。

微生物の働きを活用した食品(発酵食品)の例 (味噌・納豆・パン・チーズ・ワイン・ビール)
食中毒の恐れのある季節では上記のような注意をすることはもちろん必要ですが、普段から微生物の“当たり前”の存在に慣れ、抵抗力を付ける方が重要です。私たち人間は、古くから食生活に微生物の働きを活用してきました。味噌、しょうゆ、酢、納豆、漬物、清酒、ヨーグルト、チーズ、ワイン、ビール。これらはすべて発酵食品と呼ばれ、その起源は数千年前に遡るものもあります。すべての発酵食品は、細菌やカビ、酵母といった微生物が、その製造や旨味の付加に役立っています。こうした発酵食品を積極的に口にすることも、抵抗力を維持・増進する有効な手段と言えるでしょう。

 これからいよいよ暑い夏本番がやってきます。ぜひもう一度、自分の食生活を振り返ってみてください。食中毒にも注意して、かつ発酵食品を積極的に摂取して、健康的に乗り切りましょう!
  <参考資料・図書>
     ・食中毒統計調査,厚生労働省
     ・菅家祐輔編著:食品衛生学,光生館(2004)
     ・JG Black著, 林 英生ら監訳:ブラック微生物学,丸善(2003)


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